茜色の夕日


莇太  買い物をした帰りの道は、すっかり茜色に染まっていた。長く伸びた自分の影を踏むようにして歩く。もう充分大人と呼べる年齢にはなっていたけれど、それでもこんな帰り道は少し感傷的にもなる。心細く、寄る辺なさが際立った。すっかり自由に買い揃えられるようになったメイク道具が、右手にずっしり重く感じた。
 そんな思いが引き寄せたのかは知らないが、ふと懐かしい声に呼び止められ、足をとめた。振り返るとあの頃からあまり変わっていない姿があって、考えるより先に名前が口をついて出る。
「太一さん、」
「やっぱり。あーちゃんだった」
 後ろ姿似てるなって思ったんだよね。そう言って、当たり前のように隣に並ぶ。以前より小さくなったように思えたが、すぐにそれは莇自身の身長が伸びたせいだと気づく。平均的な身長からいえば決して低いとはいえないのに、周囲の連中のせいで当時からあまり身長が高いイメージがなかったな。と、ぼんやり思った。
 右手に持った紙袋をちらりと見やり、「買い物帰り?」と訊いた太一にそうだと返す。
「そっかあ、俺っちも用事があって」
 二人の間に沈黙が流れる。会話を探すが見つからない。聞きたいこと、言いたいことはあるはずなのに、それをどう言葉にすればいいのかがわからなくて、太一の前では幼くなってしまう。
 その隙間を埋めたのは太一だった。
「あーちゃん背伸びたね」
「え、あー……そうかも」
「いいなあ、結局俺はあれから伸びなかったから」
 と言って笑った彼の顔は少し切ない。そういえばこの前ね、と太一は最近見たテレビの話だとかそういった類のとりとめのないことをぽつりぽつり話して、莇はその度ぎこちなく相槌を打った。くるくると表情を変え話す太一を見て、この人はこうやって笑うんだと思い出す。忘れていたつもりもないのに、とても懐かしく思い出した。
 そして横断歩道に差し掛かり、信号に従って歩みを止める。向かい側の信号はすでに点滅を始めていて、すぐに青に変わるだろう。それを待って、またまっすぐ進もうとしたところ太一は「俺っちこっちだから」と左手を指差し、そしてばいばいと手を振った。
「あーちゃんに、偶然会えてうれしかった」
 平然とそう言ってのけて、そのまま背を向け行ってしまう。
「あ、待って」
 あまりに当たり前のように去ろうとする彼の腕をつい衝動的に掴む。「どうしたの?」その問いに即答ができず、口を開いては言葉を探し、つぐみ、悩んで、意を決して発したのはとても情けない声だった。
「今度、その……一緒に、飯でもいこう」
 太一はちょっとだけ驚いた顔をしたあと、すぐにまた笑って、「うん! そのうち行こうね。あーちゃん」と言った。莇の手から腕がするりと抜け出て、じゃあねと再び手を振る。今度はもう太一を止める術を持っていなかった。
 いつのまにか信号はまた赤になっている。前に進めず、莇は太一の姿が小さく見えなくなるのをただ眺めていた。彼は一度も振り返らなかった。
 きっとそのうちなんてこれから先ずっとない。だって太一の連絡先すら、今ではもうわからなくなってしまった。
 太一がすっかり見えなくなってから、前を向いて横断歩道を渡った。夕暮れはもう夜に変わろうとしている。


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