愛しあえば


至幸  信号が青に変わったのを確認し、アクセルを踏んだ。幸は助手席に座り、頬杖をついて進行方向を眺めている。
「買いたいもの、あるんだよね。車、出してくれるでしょ?」
 それが昨晩のこと。断られることを想定していない物言いが少しおかしかった。そして、もちろん断ることはしなかったので、その信頼を裏切ることはない。
 二人で出かけるのは、大抵幸がなにか買いたいものがあるときだ。学生と会社員で平日は時間が合わず、そもそも至は出不精だったので、やたら出かけようと誘われるよりはいいものの、買い物に付き合うことをデートと呼んでいいのかについては悩んでしまう。関係性に不満は、決してなく、思い悩むことさえ戯れのようだと、それは承知していた。
「……幸さ」
「なに」
「俺のどこが好き?」
「はあ?」
 不機嫌さを隠そうともしない声色が返ってくる。表情を伺うことはできないが、きっと眉間に皺を寄せていることだろう。
 次の角で左折するため、ウィンカーを出した。チカ、チカ、と規則正しい音が車内に響く。
「どうせ、俺の顔が好きなんでしょ」
「それあんたが言う?」
 左にハンドルを切りながら、表情を盗み見ると、心底呆れたというような顔をしていて、だいぶ自惚れた会話だなと思った。当たり前にそれだけではないものの、あながち間違ってもいないのがまた面倒なところだ。まだ遠い次の信号が変わる気配を見せたので、アクセルを踏む足を緩めた。
 休日だというのに不思議と道は混んでおらず、心地よいドライブが続く。外が暑すぎるのは問題だが、悪くない休みだと思えた。だから、幸への質問を続けた。
「で、実際どう」
「……そんなに知りたいの、それ」
「そりゃあ、まあ。気になるよ。俺のどこが好き?」
「……そういうこと言わないところ」
 前の車にならってブレーキを踏む。助手席を見ると、幸は相変わらず冷ややかな顔をしていた。だがその視線は至を捉えている。目が合うと、口の端で少しだけ笑った。
 幸はすぐにまた顔を前に向け、「だいたい、そんなのわかってるでしょ」と言った。横から見る幸は、睫毛が綺麗に伸びていて、つい見惚れる。
「こう見えて、それなりに不安なんだけどな」
 小さく呟く。「前見ろ、前。信号変わる」その声に不服ながらも従い、再びアッシーに徹した。
 幸にとって、買い物の一つの手段なのかもしれない。着せ替え人形をする楽しさがあって、だからといってファッションにうるさいわけじゃないから自由にできて、その上車を出す。それらの条件が当てはまる人物ってだけで、果たしてそれは至以外でもいいものなんじゃないかと、いじけてしまう。
 そんな至の様子を悟ったのか、隣で幸が息をついた。「アンタって子供みたい」
 幸の方がよっぽど大人かもね、と心の中で悪態をつく。
「ま、アンタが思ってるよりちゃんと好きだから安心したら」
 思わず息をのむ。たかだかそんな一言で、しっくりと落ち着くのがわかった。悔しまぎれに、「かっこいー」とおどけてみせた。けれど幸はそれにさえ、「知ってる」と平然と返すもんで、ますます何も言えなくなってしまい、すっかり参ってしまった。
「次は至の行きたいとこ、連れてってよ」
 その言葉に、素直にうんと頷いた。


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