あたしはここよ


至幸  よく晴れた日曜日の午後だというのに、その遊園地はあまり人が多くなかった。そよそよと風が気持ちいい。ベンチに腰掛けあたりを眺めていると、時折控えめにはしゃぐ子供の声が、遠くの方で聞こえた。
「……似合わない」
 吐き捨てるように隣で幸が呟く。
「夏組は思いきり楽しみそうだけどね、遊園地」
「そんなの、そっちだって一緒でしょ。じゃなくて」
 確かに、主に咲也とシトロンが騒ぐ姿は想像に容易い。その輪の中になんだかんだと至自身がいることもすっと馴染んだ。けれど今ここにいる自分を俯瞰で想像するのはむつかしい。はたから見たら、滑稽に思えるかもしれない。そっちだって一緒でしょ。じゃなくて。幸の言わんとすることははっきりと理解できた。じゃなくて──……
「オレたちふたりだけなのが合わないって言ってんの」
 はっきりと言葉にされて答えに窮する。逡巡の挙句「なる、そりゃそうか」と独り言のような返しをするほかなかった。幸の様子で横目でうかがってみるが、興味なさそうにじっと自分の足の爪先を見ている。
 幸にならって足元に視線を落とすと、蟻が列を作っていた。蟻をみるのは久しぶりな気がする。きっとどこにでもいるのに、注視しないから気づけない。列を守る蟻の律儀さに、感心すら覚えた。
 突然、ぬっと影が現れ、顔をあげるとうさぎの着ぐるみが立っていた。幸も同様にその存在を察知したようで、小さく声をあげた。着ぐるみの肌はところどころ薄汚れており、塗りつぶされたような黒目からは表情が見えず少し不気味だ。閑散とした遊園地らしいキャラクタではあった。だが音もなくこうして近づかれるとさすがに恐怖を覚える。
 そして、そのうさぎは右手を幸に向けて突き出した。見ればその手には風船が握られていて、これを受け取れということだろうか。左手にもいくつか色とりどりの風船を持っていて、どうやらこの着ぐるみは風船を配ってまわっているらしいということがわかった。
「え? あ、ありがと……」
 意図を汲んだ幸が差し出された赤い風船を受け取る。それで満足したのか、うさぎの着ぐるみは身軽になった右手を左右に振り、ゆっくりとその場を去っていく。
 黙っていれば幼く綺麗な顔立ちをした幸の手に、ふわふわと浮かぶ真っ赤な風船が繋がっているのは妙に似合っていて、またアンバランスなようにも思えて面白かった。
「ふーん」
「なに」
「なんでもない」
 ふたりして宙にある風船を眺める。蟻の整列はもう見えない。楽しい気持ちになって、至はおもむろに立ち上がった。
「せっかくだし、少し見てまわろうか」
「……ん」
 もう少し嫌そうな素振りを見せるかと思ったが、そんなことはなく、至にならい幸も腰をあげた。で、どこいくの。うーん、あっちの方とか。適当に指をさした方向へと向かっていくと、ワンテンポ遅れて幸も続く。勇者にでもなった気分だと心の中でそっと笑った。
 寂れているとはいえ、さすがに遊園地らしいものはそれなりに揃っていて、子供騙しのジェットコースターにお化け屋敷、向こうには観覧車も見える。その中で至の目を引いたのは、薄汚れたメリーゴーランドだった。ひと昔前のファンシーさと古びた装いとが、先ほどの着ぐるみと通ずるものがある。回転木馬というほうが似合っているかもしれない。
「幸、これ乗ってきたら」
「は? 風船持ってるんだけど」
「持っててあげるから」
 乗るよう勧めたのにさして意味はなく。幸は眉根を寄せ、「ひとりで乗れっていうの?」と言った。
「なに、俺と一緒に乗りたかった?」
「……そんなこと言ってない」
 年下なんだし甘えなよ、と続ければ大人しくその手に持っていた風船をこちらによこした。小さくムカつく、と呟いたのは聞かなかったふりをした。
 たったひとりの客となった幸は、感情のない木馬に乗り、ぐるぐるぐると回る。楽しいんだか楽しくないんだか汲み取れない顔で、至を見もせずにただ前だけに視線を注ぎ、そんな幸が現れたり消えたりするのをただ眺めていた。どこにも行けない。どこにも行かない。
「……似合わないな」
 ひとりごちて、でも心なしか満たされた気分になった。そうだ、と思いつき写真でも撮ろうとポケットの中のスマホを探る。そのとき、左手の風船の存在を忘れてしまった。気づいたときにはすでに遅く、幸がもらった赤い風船は、おさえを失い空を目指して旅立つ。
「あーあ」
 青い空に赤が映えて、綺麗だと思った。悲しむかな。怒られるかな。そう思いながらも、至はずっとそこに立ち尽くしていた。


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