ふしぎデカルト


至太  真夏の暑さも和らぎ、徐々に涼しい風が吹くようになった。死んだ太一が帰ってきたのは、秋にさしかかるそんな頃だった。
「……ふつうお盆とかじゃないの?」
「あはは、なんか乗り遅れちゃったッス」
 生きていた時分となんら変わらない笑顔でそう言った。その笑顔に、至は安堵を覚える。それに、と太一は続けた。それにやっぱり俺っち秋組ッスから。
 ──と、言っていたのだが、秋が過ぎ、冬になってもまだ太一はいた。特になにかするというわけでもなく、中庭で花を見たりドラマを楽しんだり、当たり前に生活に馴染んでいて、本当に死んだのか疑う。太一は実は生きていて、あの日死んだのは夢だったんじゃないか。けれど、不意に触れようと伸ばした手は、太一の身体を通り抜けてしまうので、ここにいない存在なのだと否が応でも感じてしまう。そしてその度太一が切なそうに眉尻を下げるのが、たまらなく寂しい。
 その日は朝からひどく冷えていた。雨を多く含んだ雪がぼとりぼとりと鈍く、地面に叩きつけられる。どんなに寒い日でも太一の服装は死んだ季節のままで、半袖から伸びる腕が眩しく、また寒々しい。冬になりたての頃、寒くないのと尋ねたことがある。死んでるから感じないみたいッス、とあっけらかんと答えられ、返す言葉もなく、迂闊なことを口にしたと自身の発言を悔やむことしかできなかった。それ以来太一のその季節外れの肌色は至の胸を締めつけ、見えないふりが上手になった。
「雪、積もるかなー」
 鼻先が窓につきそうなほど顔を近づけながら、太一が呟く。すでに呼吸をしていないので窓が白く曇ることはない。寒さで部屋を出られず、毛布にくるまって怠惰にゲームをしている至のそばで、太一の声だけが元気に響く。
「雪なんて、寒いだけでしょ」
「えー、でも積もったら雪合戦とか、雪だるまつくったり、楽しいッスよ!」
 歯を見せて笑って、また窓の外に視線を向ける。だけど太一は雪を触ることさえできないでしょ。余計なことを考えていたら、あっという間にゲームオーバーになっていた。
 ゲームオーバーの画面そのままに、実体を持たない太一を横目で盗み見る。幽霊になった太一が現れたのは、夏の終わりだった。雪が降るまで長く一緒にいられるなんて想像もしていなかった。たとえ目の前にいるのが悪魔だろうと幻だろうと、この先ずっとこうして過ごしていたくて、コントローラーを置いた。
「太一は……このままずっといる?」
 呟くように言葉を発すると、太一は一瞬とまり、ゆっくりとこちらを向いた。じっと至の瞳を見つめたかと思えば、困ったように笑って、「……どうしようかな」とだけ言った。間違えた、と瞬間的に後悔して、すがるような物言いになる。
「ずっといてよ」
「それは無理ッスよー! だって俺っち死んじゃったもん」
「でも、だって、そんな変わんないじゃん」
 液晶にでかでかと表示されたゲームオーバーの文字がちらつく。
「透けてるよ? 触れないし、全然違うッス」
 心臓もとまってるッス。聞く? と言って、通り抜けないよう細心の注意を払って、太一は至の頭を抱えるように腕を回した。意図を察して、心臓のあたりに耳を添える。もちろん鼓動は聞こえない。至のまわりにあるのは、ただの空気だ。そこになにもない。誰もいない。それでも人のぬくもりを感じる気がして、「──聞こえるよ」と嘘をついた。
「どくんどくんって聞こえる。ちゃんと太一は生きてる。触れるよ」
 太一はなにも答えなかった。あまりに静かで、べた雪が降る音しか聞こえず、消えてしまったのかと不安になり、身体を離してその姿を見る。半袖を着た太一は確かにそこにいて、寂しそうに微笑んでいた。至ももうなにも言えず、早く雪が積もってすべてを覆い隠してくれればいいのにと思った。

 それから数日も経たないで、太一は「そろそろ行くッス!」と言った。
「やだ」
「来年はお盆に間に合うようにするね」
「やだってば」
 太一は首を横に振って、「ばいばい」と別れを告げ、至の前から去っていった。やだって言ったのに。その言葉は音にできず、めまいを感じてうずくまる。あの日、結局雪は積もらなかった。今度雪が積もることがあれば雪だるまを作ろう。そして何度だって太一を失う。


戻る
Page Top