夏なんだな


万太  太陽に向かって歩く。じりじりと照りつける日差しに焼け焦げてしまいそうだ。少し前を歩く万里の影に隠れるが、気休めにもならない。容赦ない暑さから逃れるつもりが、幼い頃にしたゲームを思い出して、万里の影からはみ出ないよう歩くこと自体がだんだんと楽しくもなってきた。かつて興じた、白い線だけ踏んで帰るゲーム。それよりも、揺れ動く影を追うのは容易くはなく、また万里の歩幅は太一のより広いので、ついていくのが精一杯だ。アスファルトに強く焼きついた影を見つめて、額に吹き出た汗を手の甲で拭う。手に持ったビニル袋ががさごそいった。中のアイスが溶けてしまいそうで、早く寮に帰りたい。
「万チャン、暑いッスー」
 気まぐれに万里の背中に声をかける。ちらりと一瞬太一を見やり、「だからって俺の後ろにいたって変わんねーだろ」と万里は言った。それは、そうなんだけど。と、口ごもる。でも、「万チャンの影を踏んで帰るゲームッス!」別に暑さから逃げられると思ってるわけじゃないし。
 不意に万里が足をとめた。影から出ないように、太一も立ち止まる。蝉の声が耳についた。
「そうやってずっとついてくんの?」
「え?」
 振り向いた万里の顔からはなにを考えているのかがわからなくて、息を呑む。
「……俺が帰らないで、知らないとこに行ったら、どーすんだよ」
 ぽつりぽつりと歯切れが悪い。このまま寮に帰らなかったら。それはそれで素敵なことだと思った。まるで駆け落ちみたい。アイスは、溶けてしまう前に二人で食べてしまえばいいことだし。望むところだった。
 心の内ではしゃいでいるのが悟られないよう、俯いて万里の影をじっと見る。その黒々とした輪郭を目でなぞり、その形を焼きつける。
「どこへでも一緒に行くッス」
 あっそうという声が頭の向こうから聞こえた。「ま、フツーに帰るけどな」
 だよねえ、と口には出さずに同意した。じりじりと太陽に焼かれるように、胸を焦がす。どこへでも。確かにどこへでもと言ったので、それが寮へ帰るのだって気持ちは変わらない。ふと影が近づく。はみ出てしまう、と顔を上げると、万里がすぐそばまで来ていた。
「……駆け落ちごっこはまた今度な」
 穏やかに微笑まれ、思考が停止しているうちに万里は太一の隣に並び、影に隠れていた太一の身体は日差しにさらされた。ひとり楽しんでいたゲームが終わりを迎える。そして右の手首を掴まれ、「ほら、早く帰るぞ」とぐいっと引っ張られた。
 その手の熱に触れたとき、あっと小さく声をあげる。並んで歩く幸せは、その場しのぎの駆け落ちよりもずっと心地よくて、きっとそれを望んでいたんだと思い当たる。
「……ば、万チャン」
「あー?」
 太一からも触れたくて、腕を組むように密着して手を繋ぐ。汗で湿った手のひらを包むように五本の指を絡ませると、じっとり暑さが増した。
「暑いッスね」
「……夏だからな」
 どこに行ったって太陽が容赦なく照りつけて、逃げられるはずもなく、どうしようもなく夏だった。アイスの入ったビニル袋ががさりと音を立てる。溶ける前に帰ろう。


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