不死鳥


万太  明日のことでテレビもネットも持ちきりだ。万里は中庭のベンチに座り、夜空を見上げた。遠くに光る星がいくつも見える。その内のどれかが地球目掛けて落下するというニュースは、一週間ほど前から世間を賑わせていた。聞いた当初はざわつきもしたが、だからといってどうというわけでもなく、いざ前日を迎える頃にはさほど興味もない。現実味もなく、どうにかなると楽観視さえしている。
 ある意味コイツもそうかもしれない。と、目の前にいる太一に視線をやる。手にしたバットを眺めては時々気まぐれに素振りをしてみせ、退屈そうにまたバットを見つめる。明日がないみたいな様子で、その心情は読めない。
 先に中庭にいた万里の元に太一がやってきたのは、そう前のことではなかった。過剰なまでに危機感を煽り騒ぎ立てるテレビは見たくなくて、誰と話す気分でもゲームに没頭する気分にもなれず外に出た。太一は、「あ、万チャン。探したッス!」と声をかけてきて、「はい、コレ」とバットを差し出してきた。
「は?」
「バット。借りてきたッス」
「いや、なんで……」
 困惑していると、太一は静かに笑った。
「万チャンなら、隕石が落ちてきても打ち返せるかなーって」
 そのときの笑い顔があんまりにも綺麗だったので、一瞬見惚れた。すぐに我に返り、「いや無理だろ」と言い放つ。
 大きく落胆するわけでもなく、太一は「そっかあ、無理か〜」と半ば独り言のように言った。そして時折バットを振っては、「ちゃんと教えてもらえばよかったッスねー」とこれまた独り言なのか万里に話しかけているのかわからない程度の声量で呟く。それに返事はしなかった。
 そうしているうちに飽きたのか、太一は万里の隣に腰かけた。
「……太一お前、怖えの?」
「うーん、こわいっていうか……」
 言葉を探すように逡巡したかと思えば、太一は、唐突にキスをしてきた。
「なんか、そもそも明日好きじゃなくなるかもしれないし。でも、今は万チャンのこと、ちゃんと好きッス!」
 たぶんそういうことなのかなって。そう言って、照れくさそうに笑う。そのとき万里は初めて、この一連のニュースが全てデタラメであることを強く願った。同時に、少しばかり恐ろしい。今日終われば永遠だってことに気づいてしまったから。恐怖をうち消すように、今度は万里の方から太一に口付けた。
 ふとバットが視界に入る。太一の指を優しくほどいて、バットは地面に転がった。隕石を打ち返すのは、無理だと言った。それに嘘はない。そうしたくないのではなく、そうできないということ。
 確かにわかるのは、どう転んでもふたりは今、幸せだということだけだ。

 翌日、ニュースは軌道が逸れた隕石についての話題で騒がしかった。昨晩のようにベンチに座り、空を見る。
「隕石、落ちなかったッスね」
 隣で太一も空を見ながら、のんびり言った。目を合わせると、「残念だった?」といたずらをする子供のような顔で聞いてくる。その質問には答えずに、両頬を軽くつまむ。
「で? 今は?」
「……今も好き!」
 と言って笑ったので、そのまま唇を重ねる。そして、触れるだけの口付けを繰り返した。バットは見えない。空の遠くのほうで星が光った気がした。


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