シャングリラ


万太  太一は空気を入れたタオルを湯の中に沈め、ぶくぶくと遊んでいる。浴槽は二人で入るには窮屈だ。太一を上に乗せ、重なり合って湯船に浸かる。肩までなんてそれどころではなく、膝も満足に伸ばせない。「見て! クラゲ!」よく妹と遊ぶんだ、と太一が振り向いて、そのとき髪の毛から水滴が飛び散った。
「ウワ、狭いッスね」
 想像していたより万里の顔が近くにあったことに驚いたらしい太一が神妙に呟く。
「ま、安いラブホだから仕方ねーけど」
「次はもっと豪華なとこがいいッス! あとなんかスケスケのやつ」
「なんだよスケスケって……」
 知らない! と無邪気に笑い、先ほどまで遊んでいたタオルを手放した。そして今度は手で鉄砲をつくり、壁に向かって湯を飛ばす。距離がないのですぐに壁に到着してしまうからだろうか、それに飽きるのにもあまり時間がかからなかったようで、太一は身体を万里のほうに寄せた。
 濡れた肌がぴとりとくっつく。
「でもいつか二人で住むとしたら、この広さの風呂付しか借りられなさそーじゃね」
 太一を抱えこむように腕を回すと、その言葉はいささか深刻すぎる響きを持った。安いラブホテルの浴室で話すには似つかわしくない重みだ。太一は、くすぐったそうに身をよじる。「じゃあ今のうちから慣れとかないといけないッスね〜」
 絵空事として話す太一の声色が悲しい。首筋に唇を這わす。くすくすと笑い声が聞こえた。
「そしたらあの、ひよこみたいなヤツほしいッス!」
「いや……あれひよこじゃなくてアヒルじゃね」
「あれ? そうだっけ? どっちでもいいけど、お風呂に浮かべてあそぼ!」
 目をつむって、湯船に黄色いアヒルが浮かんでる様を想像する。そこに太一がいてくれたら、それはすごく幸せの象徴だ、と思った。
「……風呂なしになんねーように、がんばらないとなあ」
「ふふふ、そッスね」
 ぱしゃ、と水音がした。またしても水鉄砲で壁を狙ったのだろうか。悲しいことばかりで、たまらなくなって、汗の味がする首筋に噛みついた。


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