眠り姫


臣太+万  ひと月ほど前から、摂津はその違和を感じはじめていた。
 七尾がよく学校を遅刻するようになったのだ。理由は、寝坊と言っていた。違和感はその事実だけでなく、それを誰も咎めないことも関係していた。
「太一、最近おかしくね? 寝坊も増えて」
 なにか悩みでもあんじゃねーの、と言おうとして、その先は続かなかった。月岡がきょとんと不思議そうな顔をしていたからだ。え、そんなに変なこといったか? 思考を巡らせていると、月岡は思い出したように「あ……ああ、太一くん。たしかにそうだね」と言って微笑んだ。七尾の存在を忘れていたような物言いで、それがひどく気にかかり、それきりその話はしなかった。
 劇団の誰に言っても同じような反応で、どこか変だと思っているうちに七尾の寝坊による遅刻の回数がどんどん増えていった。夜も夕食を終えると欠伸をし、くっつきそうになる瞼をこすっては「もう眠いから寝るッス〜」と言って自室へ戻ってしまう。ここ一週間は毎日学校へ遅れていき、今日にいたっては恐らく欠席したのだろう、朝から部屋を出た様子がない。七尾どころか、伏見すら、一日も姿を見ていなかった。
 105号室にはなにか魔物でも住んでいるのだろうか。
 多少の本気を含んだ冗談を鼻で笑う。
 にしたって不審なことには変わりがないので、様子を見るついでに話でも聞いてやろうか、と七尾と伏見に割り当てられた部屋に向かった。

 *****

「あいてるぞ」
 ノックをすると、中から伏見の声がした。「悪りい、太一い─」る。最後まで言い終わる前に二人の姿を発見する。部屋の真ん中に置かれた机に、突っ伏すような形で七尾は眠っており、それを見守るように伏見が傍らに座っていた。
「……太一、また寝てんのか」
「ああ。一度起きたんだけど、やっぱり眠かったみたいで、結局ずっと寝てるんだ」
 え。
 一日中寝てるのか。そう言いたかった。声が出なかったのは、二人を取り巻く異常な雰囲気に気づいたからだ。
 伏見と七尾を包むように薄い霧のようなものが漂っているからだけじゃない。どこか、形容しがたい空気がそこにあった。
「……なにか、病気とか」
「だって、こんな幸せそうに寝てるのに、起こすなんてかわいそうじゃないか」
 伏見はそう言って、彼のセットされていない赤髪をさらりと撫でた。
「でもそうだな、ベッドには連れていってやらないと」
 眠っているはずの※※が、笑ったように見えた。そしてそのうちに、目の前にいる男が誰なのかわからなくなっていく。


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